アスクレピオスの杖
太陽神アポロ
太陽神アポロは人間の王女コロニスを熱愛していたが、様子を見に行かせたカラスが、若い男と逢引していると告げ口したため、激怒したアポロの命令で、彼女は月の女神アルテミスの矢によって射殺された。
実はカラスの早とちりであり、コロニスはアポロの子を身ごもっていたのである。
後悔したアポロは胎児を取り出して、ケンタウロス(半人半馬)の賢者ケイロンに養育させた。
カラスはそれまでは純自の美しい鳥であったが、そのときの太陽神の怒りで黒焦げにされたという。
医学の才能
ケイロンに医学を教えられたアスクレピオスは、師を凌ぐ才能を開花させ、アルゴ船探検隊にも参加するなどで豊かな経験も積み重ねて、数多くの負傷者や難病者を救った。
ついには、女神アテナから授かったメドゥーサの血を使って死者を次々に蘇生させるようにもなった。
死者が来なくなったのでは、冥界の王ハデスがおさまらない。
神と人間との境を侵すべきではないとの訴えに、主神ゼウスが雷撃によってアスクレピオスを殺さざるを得なかった。それでも哀れんだ神々によって、この名医はお使いの蛇とともに天にあげられて蛇つかい座となった。
医学のシンボル
蛇が絡みついた「アスクレピオスの杖」は、現代にいたるまで医学のシンボルとして尊重され、WHOのマークにも入っている。
彼の長男マカオンは外科の、次男ボダレイオスは内科の守護神とされ、長女ヒゲイア(英語のhygieneの語源)は衛生、次女パナケアは薬剤の女神として崇められた。
「アスクレピオスの杖」は「ヘルメスの杖(カドケウス)」と混同されることがある。
前者は1匹の蛇だけだが、後者は2匹の蛇が左右対称に絡まっていて翼がついていて、本来は商業のシンボルである。
ほとんどの医療関係組織の標章には前者が用いられているが、アメリカ合衆国軍医団と日本の防衛大学校などは後者を採用している。
引用 松本歯科大学特任教授 笠原 浩 『歯科医学の歴史』
(MDU出版会 2013年 pp.32-34)